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2017年8月16日 (水)

72年目の「敗戦記念日」に

この812日から15日にかけて連日放送された「NHKスペシャル」(NHK総合テレビ)は、本当に見ごたえがあった。

 

「本土空襲全記録」「731部隊の真実 エリート医学者と人体実験」「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」「戦慄の記録 インパール」で、自分は「樺太地上戦〜」のみ見逃したが、18日深夜に再放送があるので、それを楽しみにしている。

 

いずれも太平洋戦争当時の日本および日本軍について、アメリカの国立公文書館など海外の公式ライブラリーで入手した資料をもとに綿密な調査・分析をしたもので、それぞれの残された映像やメモなどの記録、生存者の証言など、事実の重みに圧倒され続けた。

 

もちろん、こうした特集は以前にも何度か行われている。自分はそれらのすべてを見ているわけではないが、今回の特集は過去のものによくあった「戦争は悲惨で残酷」という被害者からの視点とは少々異なり、ある一点を強調していると思えた。

 

その一点とは、「個人の責任」を厳しく追及したということだ。

 

たとえば「731部隊の真実 エリート医学者と人体実験」では、731部隊長である石井四郎自身が京都大学の医学部出身だったことから、当時京大医学部長で石井と旧知の仲だった戸田正三が軍と結びつき、多額の研究費を集めていたこと。そして同助教授だった田部井和など11人の医学者が満州に駐留していた731部隊に将校待遇で迎えられ、現地で捕らえた中国人たち3000人に、細菌などの人体実験を繰り返していたこと。戦争が終わりに近づくと、証拠隠滅のためにすべての現地人を殺害したうえで自分たちだけ先に日本へ逃げ帰り、戸田を含めて誰ひとりとして罪に問われることもなく、戦後それぞれの権威として出世していること。

 

また「戦慄の記録 インパール」では、現地司令官の牟田口廉也中将らが戦局の困難であることを知りつつ、中止する機会もありながら、そのまま無謀な計画を続行させて大量の死者を出したこと。さらに作戦の大本を決める大本営が、作戦中止後、それらの作戦を指示したことは一切ないとシラを切り通していたこと。そして牟田口自身も戦後、何ら責任を問われることなく寿命を全うしたこと。

 

言うまでもないが、どんな組織にもトップがあり、トップはその組織が行ったことの責任を取る。ところが、旧日本軍では軍人も協力した政治家も民間人も、トップや上層部が責任を取らないケースが多かった。先に上げたケースに限らず、最前線で戦った兵隊たちはボロ雑巾のように使い捨てられて死んでいったが、ピラミッドの上の方にいる幹部やエリート将校は何食わぬ顔で帰国し、戦後も責任を問われることなく、軍隊時の人脈などを使って出世し、天寿を全うしたという例が多い。

 

よく知られている東京裁判(極東軍事裁判)では、確かに東条英機など裁かれた軍人・政治家はいたが、その数は死刑・終身禁固刑併せても30名足らず。また「731部隊の真実」でも描かれたハバロフスク裁判のように、外国で捕虜となり裁かれた人間も少なからずいたが、もっと罪の重い指揮官や作戦参謀たちは、とっとと逃げ出していたのである。

 

これらの「責任を取らない」上層部の人間たちを、我々はどこかで見たことがないだろうか。そう、現在の安倍晋三首相はじめする政治家や官僚たちも、まさに自分たちのやったことに対して「責任を取らない」人々である。しかも、そのまま消えてゆくのではなく、あの731部隊で人体実験を主導した医学者たちのように、どんどん出世していっている。

 

戦後72年経っても、日本人は何も変わっていないということだ。

 

よく言われることだが、「終戦記念日」という表現はおかしいと自分も思う。

「終戦」というのは他人事のような感じだが、自分たちの国、日本が負けたのだから、正しくは「敗戦記念日」とするべきだ。日本という国も、日本人も敗れたのだ。ここにまず、日本人の責任逃れがある。「庶民はわけのわからないまま戦争に巻き込まれ、大事な人を殺され家も焼かれ財産も失った被害者だ」という言い方があるが、それはおかしい。では戦争が始まる前に、戦争へ向かっていく流れに反対の意志表示をしたのか。戦争が始まってからも反対したのか。「今のような何でも言える世の中ではなかった」と言われる。しかし、「何でも言える世の中にしようとしなかった」のもまた日本国民だろう。日本人の多くは積極的に戦争に協力し、戦果に喝采した。それは事実だ。都合のいい被害者意識を持った人間が多すぎる。昔も今も。

 

戦争が終わってからも、日本人は「責任を取らない」同胞たちを裁こうとしなかった。

もちろん、食うために精一杯で、そんなことなどやっていられなかったのかもしれない。しかし、日本を戦争に導いた最高責任者である昭和天皇の責任すら、日本人は問わなかった。

 

自分は戦後20年経ってから生まれた人間だが、よく覚えていることがある。

1988年に長崎の本島等市長(当時)が「(昭和)天皇に戦争責任はあると思う」と発言し、その約1年半後、右翼に銃撃されて重傷を負った事件があった。銃撃されたのは、もちろんこの発言が大きく報道されたからだ。

 

しかし、「天皇に戦争責任がある」なんてことは、当たり前の話である。

 

太平洋戦争の開戦時は大日本帝国憲法下にあったので、天皇は「天皇大権」という広範な権限を有していた。もちろん陸海軍も天皇の統帥下にあった。実際の運用は違っていたが、建前はそうであった。だからこそ日本軍は「皇軍」と呼ばれ、「上官の命令は天皇陛下のご命令」と言われて一兵卒は上官にぶん殴られ続け、「醜の御楯(天皇を外敵から防ぐ者)として死ね」と言われたのだ。

また、よく知られているように、天皇が開戦の詔勅(公文書)を出さなければ戦争はできなかった。これもよく覚えているが、昭和天皇が崩御した際、3日間にわたってNHKと全民放でCMを挟まずに延々と流された追悼番組があり、そこで執拗に繰り返されたのが、「天皇が最終的に終戦の判断をしたから戦争が終わった」という天皇賛美の物言いである。しかし、終戦は自分の手柄だが開戦には責任がない、という都合のいい物言いが、どこで通用するだろうか。「天皇は軍部に利用された」というのなら、そもそも自分が統帥すべき軍部に逆に利用され、300万人もの死者を出した責任はどう取るのか?

 

しかし結果として、昭和天皇は新憲法下で天皇という立場のまま「象徴」として生き、天寿を全うした。その方法で責任を取ったとも考えられなくはないし、それはそれで苦悩多き後半生だったろう。しかし、自らの「戦争に対する責任」を考えるなら、映画『大日本帝国』を書いた脚本家・笠原和夫が言ったように、昭和天皇は自決するか退位すべきだったと思う。そうすれば、責任を取らなかったあまたの日本人たちも責任を取らざるをえなかっただろうし、72年後の今日、責任を取らない政治家や官僚が当たり前のような顔をしてのさばることもなかっただろう。

 

今回のNHKスペシャルでは、上層部だけではなく、命令に従って罪もない人間に手をかけたり、同僚を見殺しにした一兵卒の責任も厳しく追求している。現在すでに年老いた彼らが、泣きながらその罪を告白し懺悔する姿を、しっかりとカメラで捉えている。

 

日本人は他人任せ、上司任せ、会社任せ、国任せではなく、自分で自分の生き方を考え、選び、主張し、行動し、そしてその責任を引き受けなければならない。

 

あの悲劇を繰り返さないためにも、日本人は変わらければならない。

自分はそんなふうに、番組制作者のメッセージを受け取った。

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