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2015年12月27日 (日)

昭和は、1945年8月15日で終わるべきだった

「戦後70年」の今年もあと数日で終わる。

 

この「戦後」とは、言うまでもなく太平洋戦争、ないし第二次世界大戦での敗戦後、という意味。そう、「終戦」ではなく敗戦だ。

 

日本は負けたのに「終戦」というのはおかしいと子供の頃から思っていたが、考えてみるとこの言い換えこそ、日本的ごまかしだと思う。
そしてそのごまかしは、今年成立してしまった「平和安全法制」=戦争法案まで続いている。

 

70年前、日本はアメリカを主体とする連合国軍に負け、彼らのポツダム宣言(無条件降伏)を受け入れて戦争が終わった。明らかに敗戦なのになぜ「終戦」とするか。それは「責任」を問われないためだと思う。

 

どんなスポーツでも敗ければその原因・理由が問われる。ましてや本物の戦争なら、「なぜ負けたのか」「なぜ負ける戦いをしたのか」「その責任者は誰か」という問いがなされるのは当たり前だ。

 

ところが実に奇妙なことに、70年前の敗戦について日本という国は、自ら責任者を確定してこなかった。
確かに極東軍事裁判(東京裁判)はあったが、あれは連合国側の主導で「平和に対する罪」「人道に対する罪」「戦争(国際法)に対する罪」を一方的に裁いたもの。その後、日本がGHQの占領より独立してから、改めて太平洋戦争(連合国との戦争)やその前の中国との戦争について責任者が裁かれたり責任を追求されたりしたことは、今に至るまでない。

 

しかも、これらの戦争の最高責任者、すなわち昭和天皇はGHQの占領政策によって責任を不問とされ、日本国憲法の発布によって元首から「国の象徴」というよくわからないものに立場を変えたものの、自らは何の責任も取らず、87歳の死に至るまで天皇で在り続けた。

 

自分は、1945年8月15日で昭和が終わらなかったこと、つまり昭和天皇が戦争についての責任を取って退位するか自決しなかったこと、そして日本人がそれを許してしまったことが、現在までの日本人の無責任さにつながっていると思えてならない。

 

それはそうだろう。どんな組織、会社でも倒産したら、そのトップは責任を取る。
1945年8月15日は日本国が倒産した日だから、そこで実際に権力があったかどうかはともかく(俺はあったと思うが)、名目上の最高責任者である天皇が天皇のままでいたことが、「誰も責任を取らないでいい」という戦後日本人の悪しき習性のルーツになっていると思えてならない。(現在の明仁天皇はそれをよくわかっているからこそ、「平和憲法を守りましょう」と繰り返し訴えているのだと思う)

 

逆に1945年8月15日で昭和天皇が天皇であることをやめておけば、おそらく旧体制で政財官のリーダーだった人間たちもそれに従わざるを得なかっただろう。もちろん、関東軍とともに満州を牛耳っていた岸信介も政界から引退せざるを得なかったはずで、安倍晋三も今の地位にはいなかっただろう。

 

もっと言えば、日本は本土決戦をした方が良かったのかもしれない。

 

岡本喜八が1967年に監督した映画『日本のいちばん長い日』が今年リメイクされ、公開された。自分は未見だが、予告編を見る限り、本木雅弘が演じた昭和天皇の「苦悩」が表に出た内容のようだ。

 

旧作でも今回のリメイク版でも、ポツダム宣言を拒み徹底抗戦を叫ぶ陸軍将校の一部が、1945年8月14日、つまり敗戦前日にクーデターを起こそうとする場面があり、これは史実である。
岡本喜八版の『日本のいちばん長い日』は、もう何度観たかわからないが、かつて自分はその陸軍将校たちを悪役として捉えていた。しかしよく考えてみれば、国内外での多くの戦死者・病死者や、特攻で死んで行った若者たちのことを考えれば、庶民はともかく昭和天皇をはじめ最高司令部の参謀や政治家たちがおめおめ生き残るのはおかしいと考えるのが当然かもしれない。そうして旧体制の人間たちが死に絶えた後、新しい日本を作る人材が生まれるのだと。

 

もちろんそうなっていれば自分も生まれていないかもしれないし、高度成長どころか日本という国自体がなくなっている可能性もあるが、個人が責任を取るという自覚のある国民性に生まれ変わった可能性も大きいはずだ。

 

今の安倍首相とその政権のやることなすことを見ていると、「責任を取る」と言いながら何ひとつ責任を取らない、まったく無責任な姿しか見えてこない。見えてくるのは、「自分(たち)だけが利益を享受できればそれでいい」という姿勢である。

 

いや、政治家だけではない。自らの行為がもたらす社会的責任や影響に思いを致すことなく、「会社のためだから」「上からの指示だから」と「職務」を遂行し、自分には責任はないと考えるサラリーマンもそうだ。

 

もっと言えば、沖縄(辺野古)がどうなろうと自分の住む本土が安泰ならそれでいいという人、子や孫が貧困に喘ぎ、もしかしたら徴兵されるかもしれなくても、自分が死ぬまで安泰ならそれでいいとする中年・老人も同じだ。

 

当たり前だが、「責任」というのは自分がやったことは自分で落とし前をつける、ということだ。あなたが町中で路上にゴミを捨てて、それで町がゴミだらけになったら、捨てたあなたの責任だから、非難されるのは当然だ。それと同じく、自民党に投票すれば、投票した責任があるし、投票しなければしなかった責任が生じる。

 

戦後70年の終わりに考えるべきは、そういうことではないか。

これは、「年忘れ」とか「忘年会」と称して、忘れるべきことではないと思う。

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