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2013年10月11日 (金)

『はだしのゲン』のシンクロニシティー

 ようやく『はだしのゲン』全巻読了。

 例の松江市教育委員会が閲覧制限を求めていた問題がきっかけで、幼少時に『週刊少年ジャンプ』で連載していたのを読んで以来、40年ぶりかで再読したのだが、予想通りすっかり内容を忘れていた。

 それにしても、今読むと、ことごとく身につまされるというか、現在の日本が置かれている状況とシンクロすることばかりで、何よりもそのことに愕然とする。

 

 たとえば昭和20(1945)年の4月。すでに日本の敗色は濃厚だったが、主人公・中岡元の通っている広島の小学校教師は、授業でこう言い放つ。

「日本は神の国である。どんな敵が襲ってこようと神風が吹いて敵を吹き飛ばし、必ず日本は戦争に勝つ」

 続けてこの教師は、前線の兵士へ贈る綴り方を生徒達に書かせ、その場で読ませる。誰もが「自分も早く大きくなり、憎い米兵をたくさん殺す」とか「どんなに苦しくても、天皇陛下のために頑張り、いつでも死ぬ覚悟です」といった内容の作文を読むなか、元だけはこのように朗読する。

「僕の父ちゃんは、日本は戦争はしてはいけないといいます。

 戦争は人の命を奪って何もかも壊してしまう…と。僕もそうだと思います。

 兵隊さん、死なないでください。お父さんやお母さんが悲しみますから」

 それを聴いた教師は憤慨して元を殴りつけ、非国民とののしる。

 約70年後の現在、元や彼の父親の考えをおかしいと思う日本人は少ないだろう。
 しかし、自分は、この教師の「日本は必ず戦争に勝つ」発言と、安倍晋三総理が東京五輪招致の際に明言した、「汚染水は完全にブロックされている」「過去も現在も将来も(原発事故による)健康被害はない」が、ダブって見えるのだ。

 その後、公然と戦争に反対する中岡元の父親は、警察に捕まり、殴る蹴るのリンチを加えられた挙げ句、ようやく釈放されて帰宅する。

 喜んだ元は調子に乗り、近くに住む朝鮮人をバカにする歌を歌うが、父親はその元を張り倒して怒る。

「ばかたれっ。朝鮮の人をばかにするようなことを言うなっ」

「だ、だって、みんな言うとるぞ。朝鮮人や中国人はばかだって」

「だまされるんじゃない。

戦争を始めた日本のお偉方がばかだと教え込んだんだ。

日本人が優れていて、朝鮮人や中国人はばかでダメな人間だとな。

よその人間はみんなだめで鬼みたいなやつだと教え…

弱い相手だから日本は戦争に勝てると信じさせるためだ」

「それじゃ先生がアメリカもイギリスも鬼だというのはうそか?」

「そうだ」

「日本が神国で、天皇陛下は神様で、神風が吹いて必ず戦争に勝つことも嘘か?」

「そうだ。

今の日本は学校も新聞もラジオも警察も軍隊も、戦争を始めた軍部の独裁者のいいなり…

お前たちに嘘を教えているんだ。

お前たちはだまされるんじゃないぞ。

中国や朝鮮の人、みんなと仲良くするんだ。それが戦争を防ぐ、たったひとつの道だ」

 この部分も、現在あえて中国や韓国と敵対関係を作っているかのような安倍政権=日本政府を思い起こさせる。

 シンクロはまだまだ続く。

 一家揃って「非国民」とののしられる家族に肩身の狭い思いをさせまいと、自ら海軍予科練に志願した元の長兄・浩二は、酔っぱらって彼に絡んできた熊井と出会う。

 熊井は理系の研究者を目指していながら学徒出陣で駆り出され、心ならずも特攻隊に志願させられたのだ。5日後に沖縄で敵艦に突っ込むという熊井は、こう言って嘆く。

「だいたい、人間は老人から順番に死んでいくのが当たり前だ。

 そ、それが、俺たち未来ある若い者が先に死んでいく。

 なんで戦争を起こして命令ばかりしているじじいが生き残るんだ、間違っとる!」

 熊井たち特攻隊員は福島第一原発の作業員、あるいは福島から避難できない子どもたち。「命令ばかりしているじじい」は安倍首相や内閣の各大臣、東京電力の勝俣元会長をはじめとする幹部、経団連の米倉会長や原子力ムラの老人たちを連想する。

 『はだしのゲン』第一巻、それもまだ原爆が広島に投下される前だけでも、これだけ現在と重なる部分がある。

 

 原爆が投下されて以降は、作者である中沢啓司の怒りは、主に原爆投下の事態を招いた日本政府と昭和天皇へ向けられる。その怒りは激烈で、『はだしのゲン』を閲覧制限にしろと松江市教育委員会などにねじ込んだネトウヨや在特会の真の狙いは、大東亜(太平洋)戦争と昭和天皇への批判(戦争責任の追求)を封じ込めるためだと思える。

 そして、その批判はそのまま、改憲や集団的自衛権を行使しようとする、右傾化した安倍政権への批判にもなっている。

 昭和23(1948)年。原爆症で入院していた元の母親が家に戻ってくる。

 喜ぶ元は、兄の昭から悲しい事実を知らされる。

 母は余命四ヶ月の命で、医者にも見放されたため、本人には真実を知らせずに退院させたのだという。

 元気そうに見える母は、元に、原爆で死んだ父親のことを語り出す。

「それから、父さんに大事なことをいっぱい教わったよ。

 お、おそろしいことも…」

「ど、どんな…お母ちゃん、どんな大事なこととおそろしいことを教えてもろうたんじゃ……」

「それはね……戦争に反対することは、いかにおそろしくて大事なことかということよ」

「知っとるよ。お父さんが警察に捕まってすごく殴られたけえ……それに非国民と言われて、わしらもお母ちゃんも町内会長やみんなにいじめられたけえ……」

「あんなもんじゃないのよ。天皇を中心にして、軍人が政治の権力を握り……

天皇のためだ、日本のためだと、国民は戦争をすることばかり教え込まれた軍国主義の世の中で、戦争に反対することは…」

母親の話は続く。

「お父さんの友達で杉田さんという人は、そんな危険な日本を変えようと、演劇を通じて多くの人に知らせ、戦争に反対することを呼びかけていたのよ。

特高警察は、杉田さんを捕まえようと、必死で探し回っていたのよ。

杉田さんは巧みに逃げ回って、自分の意志を押し通した……」

昭が尋ねる。

「なんで杉田さんを警察は捕まえるんじゃ」

「それはね、治安維持法という恐ろしい法律が作られ、戦争に反対する人や政治に不満を言う、あらゆる人を、その法律で捕まえていたのよ。

戦争に反対したり不満を言う人が増えたら、戦争を進めることができないでしょう」

元がうなづく。

「政府や軍人らが困るわけか」

「そうよ、それに戦争して兵器を作って金を儲けるやつらもね。

だけど、ついに杉田さんは…」

「捕まったんか」

「そうよ。特高警察のスパイが杉田さんと同じ仲間のふりをして近づき、杉田さんの仲間がみんな集まる時を狙っていたのよ。

女の人もいたわ……。

そして考え方を変えさせるために、はだかにしてみんなを拷問したのよ。

杉田さんは、自分の言っていることは正しいと、意志を貫き通したために、あらゆる拷問で責められた。爪をはがされ、タタミ針を突き刺され、水を耳や鼻に流し込んだり、気を失えば水をかけて意識を覚まさせ、毎日毎日…

体が二倍に腫れ上がり、ありとあらゆるところを殴られ、蹴られ、杉田さんは殺されてしまった。

死体は心臓マヒの病気で死んだと返されてね。

そんな人が日本中にたくさんいたことを、忘れてはいけんのよ。

女の人はいつでも拘置され、たとえ考えを変えて許されて出てきても、いつまでもヘビのようにつきまとい、結婚まで邪魔をして、みせしめのため困らせ続けたんよ」

「ひどいことをしていたんじゃのう、特高警察は」

「そうよ。すべての自由を奪っていったのよ。

父さんは、大事な人間を殺されたと、泣いてくやしがっていた……。今に、戦争に反対していたことが必ず正しかったとわかるときがくると……

そのとおりになったね。日本中焼け野原にされ、食い物もなんにもなくなり、何百万人もの日本人が殺され、父さん達も原爆で殺され……

もうあんな暗黒の恐ろしい時代に日本を返してはいけんね……警察や憲兵を使って、自由に喋ったり、映画や演劇や本を見ることができないようにする法律を作らせたりしては……

元、昭……お前達はこれから未来があるんだよ。戦争を喜ぶ世の中にしてはいけんよ」

「わかっとるよ、お母ちゃん」

「うちはおまえらが心配なんだよ。また戦争に巻き込まれはしないかと。

また戦争を喜ぶ流れが起きてしまったら、もう遅いのよ。次々と治安維持法みたいな法律が作られ、完全に逃げないようにされ、人間がただの戦争する道具にされるんだから……

いつも戦争を起こそうとする企てを早く見破って、みんなで声を張り上げ反対して防ぐのよ」

 言うまでもなく、ここに記された治安維持法は、まもなく開かれる国会で法案が審議され、通過しそうになっている「秘密保護法案」を想起させる。

 繰り返すが、これは戦中、今から70年も前の物語である。

 なのに、どうしてこんなにリアリティを持ってしまうのか?

 その答えはひとつしかない。

 すでに今は、新たな「戦中」だということだ。

「日本人っていつからこんなにバカになったんだろうと思うことが、最近よくあります」

 先日、自分のバンド仲間であるKさんが、Facebookでこんなことを書いていた。

自分も同感だが、もしかすると日本人はバカになったのではなく、もともとバカだったのではないかという気もする。

 再び、昭和20年。

 予科練に入った浩二は、地獄のような厳しいシゴキに耐えかね、首を吊って自殺した同期生の花田照吉が、訓練中の事故死として処理されることに憤慨。骨箱とともに帰途につく花田の両親に、せめて真実を伝えようとする。

 だが、花田の父親は意外な反応を見せる。

「な、なんだって! て、照吉は訓練にたえられず脱走してしまいに首を……。

 お、お前はなんてことを言うんだ。

 照吉はりっぱな名誉の戦死なんじゃ。隊長さんもたしかにそう言ってくだされた」

「ぼ…僕は、真相を知らせたくて…」

「黙れっ。照吉はお国のため、立派に死んだんだ。

 わしらの夢を壊すな。名誉を傷つけるな」

「ゆ、夢…?」

「照吉はお国のために戦争で死んでくれることが、わしらの夢なんじゃ!

 二度とバカなことを言わんでくれっ」

 唖然とする浩二は、

「な……なんてことだ。自分の息子の死をよろこんでいるなんて。

 な…なんてことだ…!

 おやじが言ったように、日本中が戦争に狂ってる」と嘆き、こう続ける。

「な、なぜ…なぜみんな、りこうになれないんだ。

 いつまでこんなまやかしの戦争に操られているんだ!

 日本人ひとりひとりが自分を大事にする気持ちにならんと、戦争は終わらん。

 ちくしょう、いったいいつまで続くんだ、こんなにいやな戦争の時代が…

 はやくはやく来てくれ。

 自由に人間らしく生きられる時代が………」

 もう遅いのか。

 まだ間に合うのか。

 それは70年前と同じく、「日本人ひとりひとりが自分を大事にする気持ち」を持てるかどうか、にかかっていると思う。

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