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2013年7月 5日 (金)

「取り戻す」ものは何もない。

 自分が唯一、定期的に読んでいる季刊雑誌『SIGHT』(ロッキング・オン)のことは、以前にもここで書いたが、「これがあるから買っている」というのが、作家・高橋源一郎と、批評家・内田樹との連載対談(司会・渋谷陽一編集長)である。

 

 対談で想い出すのが、その昔、日曜早朝に放送されていた、細川隆元と藤原弘達による「時事放談」(TBS系)。

 1957年の開始当初は、藤原弘達ではなく小汀利得という人で、政治や社会問題について歯に衣着せぬ(という言い回しも、昨今耳にしなくなりましたな)提言や批判を繰り出していたらしいが、1966年のビートルズ来日公演に際しては、「(武道館を)あんなわけのわからん奴らに貸してたまるか!」「夢の島でやれ!」と言い放ったことでも知られている。

 自分が物心ついて見始めた1970年代なかば以降は、すでに文字通りの「じじい放談」に成り果てており、小学生だった自分は「何のためにこんな年寄りの繰り言を延々と」と思いながら、「♪紳士だったら知っている〜、服地はミユキと知っている〜」というCMソングの流れる、9時からの「ミユキ野球教室」(日本テレビ系)が待ち遠しかったものだ。

 

 考えてみれば、とうに還暦を過ぎた、「ジョン・レノン対火星人」の作者・高橋源一郎と、「ナイアガラー」の内田樹は、ビートルズ来日時の細川隆元とほぼ同い年。時代の変化というものをしみじみ感じさせるが、この連載対談はそれだけでなく、毎回意表を突いた話題を高橋源一郎が提示して、そこからいろいろ話がふくらんでゆくのが、自分にとっては面白い。思えば、島民あげて山口県・上関原発の建設に反対している祝島のことを知ったのも、この連載だった。

 

 6月末に発売された『SIGHT2013 SUMMER号での対談では、福岡にある託児所ならぬ「宅老所 よりあい」に、高橋源一郎が行ってきたという話が展開される。

 高橋によると、現在の日本の認知症老人を看護する施設では、お年寄りたち数人をひとりのスタッフが診る必要上、食事をすべてミキサーにかけ、口から流し込むという方式が採られ、極端な施設では、ベッドに縛りつけた状態でそれが行われているそうだ。

 それに対し、この「よりあい」では、「認知症は病気ではない」という考え方で、ベッドに寝かせるのではなく、動ける人は椅子に座ってもらう。すると、他のお年寄りたちと、毎日同じ話を一日中、楽しそうにしゃべっているという。

 食事も、ここでは普通に食べさせる。認知症なので時々外へ出て徘徊するお年寄りもいるが、地域の人たちは「よりあい」のことも、そのお年寄りも知っているので、「○○さん、歩いてますよ〜」と電話をかける。駆けつけたスタッフは、すぐに連れ戻さないで、一緒に歩く。そうすると本人も納得して帰ってくるそうだ。

 それから、お年寄りのなかに、90歳ぐらいのよくしゃべるおばあさんがいて、あるとき具合が悪くなって病院に行ったら、認知症だということで薬を大量に飲ませられた。そうしたら危篤になり、「あと45日の命」と言われたので、「よりあい」に連れ帰り、薬もやめたら、3日で元通り元気になったという。

 

 ここから高橋源一郎が導き出したのが、「人間、どのみちいつかは死ぬし、80にも90にもなれば、惚けてくるのが当たり前。だったら流れに任せて、逆らわなければいい。逆らって無理に延命させようとすると、むしろおかしくなる」という考え方。他の日本が抱えるTPPなどの諸問題も同じで、人口が減っていくのなら、減っていけばいい。しかし、安倍政権や自民党が唱えているような「成長戦略」は、それとは真逆だと、高橋源一郎と内田樹は言う。

「成長しなくていいんだよ」(高橋)

「なんで、『成長しない』っていうことを前提に、プランBに移るっていうことができないんだろうね」(内田)

 

 そして、この「成長戦略」にとりつかれているのは、安倍政権や自民党だけでないと思う。

 つい先日、久々に会った友人との世間話でも出たのが、「東京オリンピックなんて誰も望んでないよね〜」という話だった。40代前半の彼女はいま、主婦業のかたわら、重い病の父親と、やはり丈夫でない母親の介護をしつつ、自宅と実家を行き来する毎日で、「そんな招致に使う金があったら、もっと福祉に回してほしいよ」という言葉は切実である。

 おそらく「東京オリンピック招致」には、「かつての高度経済成長よ、もう一度」という願望が込められているのだろう。しかし、高橋源一郎たちが言うように、そんな時代はもう二度とやってこない。それを、日本国民はよく自覚すべきだと思う。

 

 じゃあ、日本は滅びゆくのか? という発想も、「成長戦略」から抜け切れていないと思う。おそらくは、それが、今まで「成長してきた日本」を知る世代の限界だろう。今回の対談でも語られているが、「成長戦略」などという絵空事から自由になれるのは、日本が成長していた時代を知らない、今の30代以降だろうと思う。

 

 自分は、高度成長の真っ只中に生まれた世代である。

 家庭環境のせいか、そもそも人と同じことをするのが嫌な性格だったからか、「成長戦略」とは昔から縁がなく、したがってバブルの恩恵もほとんど受けなかった。そのため、バブルが弾けても、むしろ生きやすくなったと思っていたのだが、そんな自分が、「それまでの世界(日本)が終わった」と思ったのが、2011311日だった。しかし、思えばあれは、「日本が終わっていたことを教えられた日」だったのかもしれない。

 我々は、福島第一原発の事故報道で、NHKも民放も三大新聞も、「嘘」を平然と流し続けるメディアだということを知った。そして原子力政策という名の国家犯罪を知った。その後、そうしたことを「学習」しておきながら、あの世界最大の原発事故も、自分たちが浴びた被曝量もなかったことにしようとしている、あなたや私がいることも知った。

 知った以上は、もう後戻りはできない。いや知らないふりをすれば、それだけ、その後、確実にやってくる現実に、改めて慌てふためき、対処できなくなるはずだ。であれば、ちゃんと現実を正面から見る、知る、そして考えるしかない。

 

 今回の参議院選挙、自民党のキャッチフレーズは、昨年の衆院選に引き続いて、「日本を取り戻す」だという。

 しかし、いったい、いつの日本の何を「取り戻す」のか? 高度成長時代か? 戦前の天皇が「現人神」だった頃か? それとも徳川三百年の鎖国時代か?

 …ということを考えると、「日本を取り戻す」などという文言が、ひどくむなしいことがわかるだろう。

 

 そう、取り戻せるものは何もない。「どんどん縮んでいく日本」を受け入れ、どう生きていくかをそれぞれが考えるしかない。そう書くと、まるで希望がないようだけど、自分の気持ちはまったく逆だ。

 対談の最後にも触れられているけれど、日本は、歴史上誰も経験したことのない段階に入ってきていると思う。

 

 「成長戦略」を捨てて、どう快適に、幸せに暮らしていけるか。

 今度の参議院選挙は、その意識と覚悟が、日本国民に問われている選挙だと思う。

 

 特に若者は、ぜひ投票に行ってください。


 SIGHT

 http://ro69.jp/product/magazine/detail/84441

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