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2012年2月15日 (水)

日本は「組織の論理」で滅びゆく。

 かなり前の話になるが、たまに「ランチタイム雑談会」を行っているフリーライターのO君と昨年秋、練馬区のパスタ屋で、前々から疑問だったことを訊いてみた。

「東京電力の勝俣会長とかは家族を海外に逃がしてるらしいけど、下っ端の社員とか保安院とか、他の原子力ムラの人たちがみんな、そういうことをしてるわけではないよね。そういう人って、自分の子供や孫が放射能被害に遭うことが心配じゃないのかね?」

 すると、O君は、そんなことはわかりきったことだという顔をして、こういう意味のことを言った。
「徳田さん、世の多くの人たちは、自分のやってる仕事のことしか頭にないんですよ」

 O君は続ける。
「なんで、過労死とか、仕事のストレスで自殺する人が多いかということですよ」
「そうそう、俺はあれも理解できない。なんでたかが仕事で死ななきゃいけないんだろね。それくらい仕事が大変なら休んだり、辞めて他の仕事したらいいと思うけど」
「でも日本人の男性の多くは、仕事こそが自分のアイデンティティだと思ってるんですよ。それがなかったら自分は存在しない、と」
「だから、その仕事以外のことは二の次になると?」
「そういうことです」

 確かに、自分も編集者やフリーライターをしていた頃は、仕事が嫌いではなく、時には残業や無理をして働いたこともあった。けれど、それが自分のすべてだと思ったことはない。本を読んだり映画を観たり、音楽を聴いたり、バンドをやったりするのは、一般的に「趣味」とされることだろうが、自分にとっては仕事と同等かそれ以上に大事なことであり続けている。

 それと、たとえ仕事が自分のすべてだとしても、もうひとつ大事なことが「原子力ムラ」の住人たちには欠けている。それは「自分のしていることを客観的(批判的)に検証する」ということだ。
 自分は世間的には日陰の存在であるアダルトのジャンルでも長く仕事をしてきたが、そういう分野でも、世間的な常識に反していたり、間違っている(ウソの)情報は、極力チェックして流さないようにした。それをしてしまえば、読者を裏切ると同時に、その仕事をしている自分自身をおとしめてしまうからだ。それで出版社側ともめ、連載を打ち切られたこともあったが、全く後悔はしていない。
 まあ、みんながみんな、そういう問題を起こせばいいとは思わないが、「自分なりの仕事に対するモラルや信念を持つ」ということは、自分の中ではその仕事に対する誠意だと思っているので、それがどんな仕事でも変えたことはないつもりだ。

 しかし、「仕事がなくなったら自分もない」と思っている多くの日本人男性に、そうした覚悟があるのかどうか? 俺はあまりないと見る。なぜなら、彼らの言う「仕事」とは、イコール「会社」だからである。彼らは仕事が好きなのではなく、会社が好きなのだ。それは大手企業であればあるほどそうだろう。待遇はもちろんいい。自分自身はさほどたいしたことをしていなくても、「●●に勤めている」というだけで世間のあたりもいい。東京電力なんて、3.11以前はその意味で超優良企業だった。
 そういう人たちに「仕事に対する信念とか覚悟」を求めても無理である。彼らはおそらく定年まで、その「●●」に居座る、いや失礼、勤め上げるつもりなのだから、その企業の上司とか上層部に逆らってでも自分の信念を訴えるなんてことは、自分の立場を危うくするだけなので、たとえ疑問が浮かんだとしても、絶対にやらないだろう。
 今回の原発事故だけではない。オリンパスの問題も、ちょっと前のユッケ食中毒も、普通に考えたら「ちょっとおかしいんじゃないの」と思えるはずだが、社員や従業員たちが「組織の論理」に(意識していようがしていまいが)縛られていたからこそ起こった事件である。そういうことが、最近の日本社会には非常に多いように感じる。
 よく「管理化社会」と言われるが、違う。自ら組織に「管理化」されることを望む人が増えた「主体性放棄社会」というのが正しいのだ。主体性を放棄した人間が生み出すものが、活力があったり面白いわけがない。だから、物が売れない。景気が悪い、社員はクビを切られたくないからますます保守的になる。悪循環である。

 話を戻す。日本の企業に勤めるサラリーマンの大半がそういう意識になった結果、起きたのが福島第一原発事故という「人災」だと思う。
 東電はもちろん、経産省や文科省などの役所、関連企業、研究施設(大学・大学院)、政府・政党、マスコミ。これらに所属・従事するすべての人間が、企業(組織)の論理に従った結果が、あれだったのである。元経産省の古賀茂明氏のように、自分のクビをかけても言いたいことを言う人がもっといれば、防げたはずだ。

 そして、日本全土を放射能で汚染してしまった、歴史的大事故・大事件にもかかわらず、いまだに政府や経団連は「経済成長」を唱え、そのための「原発再稼働」をもくろんでいる。つまり、事故からまったく何も学んでいないのだ。

 バカじゃねえか? 

 いや、ホントにバカとしかいいようがない。
 
 そして日本国民の多くが、またそのバカどもにだまされようとしている。
 
 たとえば、自分の住む東京都は、まさに「経済のためには原子力再稼働」を主張する石原慎太郎が都知事をやっているが、昔、太陽族に憧れたじいさんばあさんは、いまだに「東京オリンピック」という高度成長の夢を見続ける、この認知症老人を支持し続けている。こういう老人たちが、みんなまとめてとっととくたばってくれれば、現役以降の世代が少しは楽になるんですがねえ?

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コメント

沈黙の犯罪者達。
体からにじみ出てますよね。
すぐにわかります。
ほぼ全国を占めていますよ。
ゴミ一つ落ちている事に気づかない。
気づいても、綺麗にしようとする認識さえ薄れて、また人任せで逃げる。
一人が十人そして万人。
逃げる魚の群れのようです。

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