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2011年12月31日 (土)

日本が壊れた年の終わりに。

 今はなき殿山泰司が1970年代頃に書いていたエッセイで、「ニッポンの政治もガイジンに任せたらどや?」という卓見を述べていた。
 たぶん、外国人のジャズミュージシャンについて触れた文章だったと思うが、この間、ふとそれを想い出したのだ。

 なぜそれを想い出したのか、つらつら考えていたのだが、おそらく、先日、友人であるライターのO君と久々に会って話をした際、自分が、「もっと日本人に外国人の血が混ざればいい」という、かねてからの持論を展開したからだろうと思う。
 その時、なぜそういう話になったのかといえば、原発(事故)問題について、あまりにも多くの日本人が無関心だったり、政府や大手新聞、地上波テレビ局の流す情報を信じ切っていたりすることが不思議で、その理由を考えていたからだ。
 12月8日の日記に書いたように、日本人のメンタリティは、太平洋戦争当時と今と、まったく変わっていない気がする。それは、以前から言われていることではあるが、「単一民族幻想」が日本人にあるからだろうと思う。
 地続きに隣国があり、常に外国人が行き来している多くの国とは違い、島国である日本に生まれ育った我々は、「他者」というものを意識しづらい環境にあるのかもしれない。しかし、北朝鮮のように、国家による情報統制が行われているわけではない。特にインターネットが普及した現在は、世界中どこにでもアクセスできるし、知りたい情報を手に入れることもできる。どの情報が正しいか、間違っているかの検証もできるわけで、実際、今回の原発事故で、北朝鮮とは別の意味での情報統制が、ネットによって暴露された。
 にも関わらず、得ようと思えばたやすく得られる、そうした情報にあえて耳を塞ぎ、政府や地方自治体、東京電力などの電力会社が流す情報を信じ込もうとする。いや、信じていないまでも、自身の意志を明らかにせず、行動もしない。そうした日本人の姿は、どう考えても勝てるはずのないアメリカとの戦争に諸手を挙げて賛成し、大本営発表を頭から信じ込み、隣組制度など積極的に戦時体制に協力しておきながら、敗戦後に「政府にだまされた」などと言い募る60数年前と、どこが違うというのか。
 そうした人たちを見ていると、先ほど書いたように、日本人というのは根強い単一民族幻想があるか、12月18日の日記に書いたように、「個人」として自立していないとしか思えない。
 おそらくはその両方だと思うが、つまりは自分の言動について、自分で責任を取りたくないから、誰か権力者を批判することもなく、その言うとおりに動いておいて、それが失敗すれば(つまり自分の不利益になれば)誰かのせいにする。または「一億総ざんげ」などと言って責任の所在を曖昧にする。こんな卑怯な国民はないだろう。
 しかも、単一民族幻想があるがゆえに、ことさら「ガイジン」や在日韓国人、在日朝鮮人、さらに同じ日本人でありながら、部落民を差別し続ける。

 そうした日本人が、自分の思想信条を明らかにし、その言動に責任を取るためには、単一民族幻想をぶっ壊す=多国籍化することが、もっとも手っ取り早い方法だと思うわけだ。
 どのみち、このまま行けば、超少子高齢化で、この国は立行かなくなる。それを回避するためにも、世界のあらゆる国の人たちを自国民として広く受け入れることは、日本にとって大きなプラスだろう。いや、もうこれしかないとさえ思う。
 そう言うと、幼子を持つO君は、いやそれが実現すると確実に治安が悪化するので反対だという。確かに、一時的には治安は悪化するかもしれない。しかし、自分は何も無条件、無差別に外国人を受け入れろというのではない。当然の話だが、日本の風俗や慣習には従ってもらう。そうしたことを含め、何よりも日本が好きであるという人だけ受け入れるように、試験制度を取り入れてもいい。
 実際、神社仏閣や書道に通暁しているなど、日本人以上に日本文化を愛する外国人は少なくない。そういう外国人たちを受け入れることで、たとえば外国に滞在する日本人のように、改めて日本の良さに気づく日本人も増えるだろう。
 そして、彼らに直で触れ、混ざり合うことで、日本人は変わる。少なくとも現在の偏狭な差別意識は薄れ、多様な感性、価値観、思想信条を尊重し合うようになる。同時に、誰かに与えられるのではなく、自分の頭で考え、体で感じるような体質になっていくはずだ。
 まあもちろん、物事には両面があり、先述の治安問題以外にもいろんな弊害が出てくるだろうが、日本人が本当の意味で個人として自立し、日本が真の民主主義社会国家になるためには、この方法以外にない。2011年をあと一時間残して、そう思う。

 清志郎、口直しに九ちゃんと歌ってくれよ。本当の「上を向いて歩こう」を。

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